
Text: Ryosuke Tanikawa
Photographer: Masabumi Kimura
新時代の八百屋さん
東京・西麻布。閑静な住宅街に、まるでインテリアショップを思わせる店構えの青果店がある。「八百屋」のイメージとは似つかない立地で商店を営む20代夫婦に密着した。
Market Lagoice
マーケットラゴイス
少し汗ばむ午後の昼下がり。彩り美しいフルーツに誘われるかのように入店した女性客は、いくつかの商品を手にした後、今年から設置されたというイートインスペースに座った。街の景観を楽しみながら、搾りたてのフルーツジュースでひと息つく。そんなシーンを目の当たりにすれば、「新時代の八百屋さん」なんてフレーズを口にしたくなる。
なぜ西麻布で八百屋を始めたのか
開店から2年半。「常連のお客様や周囲の飲食店の皆さんに助けてもらいながら、なんとかやってこれました」と振り返るのは、青果店『MARKET LAGOICE(ラゴイス)』の店主・陰山東洋さんだ。
産業機器を扱う専門商社に勤めていた頃から“起業”を志していた陰山さんが「八百屋」に興味を抱いたのは、妻・宜子(たかね)さんの存在が大きい。宜子さんの祖父母は埼玉県八潮市で小さな青果店を営んでいた。
「80歳を過ぎても元気にお店に立っている姿を見て、自分も家族やパートナーと一緒にこんな時間を過ごせたら最高だなと思ったんです」
2019年に“脱サラ”した陰山さんは、大田市場の仲卸で働いていた宜子さんの父の紹介で青果店で働くことになった。
コロナ禍のど真ん中での修業期間。それでも、自炊の需要が増えたことでお店は賑わった。経験をつみたい陰山さんにとっては好都合だった。
「大変なご時世でしたが、勉強する立場からすれば良い時に働けたのかもしれません。ただ、毎日出るゴミの量に直面して……『どうせ捨てるのに』と思いながら詰め作業をしていることに違和感を抱いたんです。消費者に近い存在である八百屋だからこそ、環境問題に取り組めないかという思いが芽生えました」
そこで考案したのが欧米のマルシェ文化を参考にした“量り売り”だった。店名のラゴイスはスウェーデン語の「LGAOM(ちょうどいい)」と英語の「CHOICE(選択)」を組み合わせた造語。「せっかく事業をやるなら、意義のあることを紐付けたほうが未来のためだと思った」と話す宜子さんの後押しもあり、唯一無二のコンセプトを打ち出す青果店をスタートさせた。

混雑する朝と夕方以外は、カフェのようなゆったりとした時間が流れるLAGOICE。「祖父 母を見てきたからこそ、八百屋の大変さがわかっていた」と話す妻・宜子さんは、自らも仕事を辞めて二人三脚で支える。電子マネー、カード類など支払い環境も充実。

土地柄もあり、単価の高い野菜や果物が人気。 「お客さんとの会話から価格設定や品ぞろえを調整しています」
外苑西通りから一本入ったやや奥まった場所。人通りも少なく、商売をするにあたって絶好の立地とは言い切れないが、「ゼロ・ウェイスト=ゴミを出さない」を提案する青果店は感度の高い住民とマッチした。
「生活に余裕がある層が多く住む西麻布エリアは魅力的でした。長く住んでいる方も多いですし、コンセプトを明確に打ち出せれば興味を示してもらえる。実績がない分、苦労しましたが、結果的に良い物件に出会うことができました」
スーパーマーケットが主流の昨今、青果店を生業にするには、意義とコンセプトは大切な要素なのだろう。実際に野菜や果物に手で触れ、好きなものを好きな分だけ購入する――そのスタイルは、長くこの街を愛する住民にとっても新鮮だった。しかし、リピートにつながらなかった。
「あくまで理想は理想なんだなと。袋詰めしないとすぐに萎びてしまったり、傷んだり……結局、ゴミになってしまう。それにお客様からも『めんどうだから、買うのやめちゃう』という声もいただいたんです。ナッツやパスタの量り売りは見かけますが、野菜や果物は日々買い物するもの。ルーティンが負担になってはいけない。想いに賛同してくれる方々はいましたが、お店としては正直うまくいきませんでした」
陰山さんはすぐに方針を変えた。キャッチーな“量り売り”を全面に打ち出したブランディングを控えるとともに、ユーザーの声に沿ったラインアップに舵を切った。
「(少し高価でも)フルーツの需要が多かった」と、野菜と果物の比率を変えたり、お店の奥にはカレールーや調味料などユーザーの声をダイレクトに生かした商品をそろえた。
「オープン時間も当初は10時でしたが、幼稚園の送り迎えをするママさんから『もう少し早めて』と相談されて、9時に変更しました」(宜子さん)
もちろん、二人が大事にした“意義”をなくしたわけではない。LAGOICEの野菜や果物は最小限の包装にとどめられており、小分けされているパッケージはレジで回収される。前述したフルーツの生搾りジュースも食品ロスを少しでも減らすことが狙いだ。「ゼロ・ウェイスト」への想いを消さず、アップデートを繰り返してきた。
「野菜が高騰しているので、(値付けが)難しい。でもお客さんが一番情報をくれる。コミュニケーションをとることができるのは、近隣のスーパーマーケットにはない強みですかね」
「新時代の八百屋さん」と煽ったが、陰山さん夫妻の言葉に触れると、店内の隅々まで住民たちと重ねた会話の匂いを感じることができた。


高齢化進む業界の架け橋に
アップデートの姿勢は、経営面だけにとどまらない。陰山さんは高齢化が進む業界に危機感を抱いている。
仕入れ先の大田市場の組合の会合には、月に一度、必ず顔を出して積極的に意見交換を求める。それは先輩からの助言を求めるだけではなく、価値観や感覚を共有できると考えているからだ。
「何十年も経営してきた大先輩の意見や助言をもらいたいのはもちろんですが、一緒に時間を過ごすことで、自分の考えが何か変革のきっかけをつくれることもあるかもしれない。同世代の経営者が増えたときに橋渡しもできれば」
陰山さんは、後継者を求める青果店と新規開店を目指す若手経営者をマッチングし、手数料を支払うビジネスプランも考案。「まだお店の営業でいっぱい、いっぱいなんです」と謙遜しながらも頭の中で描くプランは頼もしい。
「近隣に飲食店が多いエリアなこともあり、シェフといろいろお話をして買い付けに役立てています。せっかく良いコミュニケーションが取れているので、街を巻き込んだイベントを一緒に企画したいですね。子どもたちが野菜や果物に触れる機会をつくれたら、食や料理に興味を持ってもらえるかもしれない。業界の活性化につながることは積極的にチャレンジしていきたいです」
取材中も、陰山さんのスマートフォンはひっきりなしに鳴る。聞けば、取引のある飲食店のシェフから具体的なオーダーが入ったという。慣れた手つきで素早く準備すると、勢いよくお店を飛び出し、野菜を届けに行く。
八百屋をコミュニティのハブ的な存在に――街から顔を出す六本木ヒルズのように、LAGOICEは西麻布の地に寄り添いながら堅実に、着実に、大きな未来を描いている。

旬の果物を中心にラインアップされた清潔感ある店内は、従来のそれとは違う「入りやすさ」を感じさせる。

店頭に並ぶ新鮮なフルーツの搾りたてジュース。今年から設置したイートインスペースは午後の一息にピッタリ。





お客様の声を反映してオーガニック製品を扱うコーナーを設置。ワークショップの告知など、ユーザーが嬉しい耳寄りな情報も。

冷蔵庫にも旬なフルーツが並ぶ。小分けにしたパッケージはレジで回収するなど、ゴミを減らす施策は継続中だ。
